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東京高等裁判所 昭和50年(う)1570号 判決 1977年3月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八年に処する。

原審における未決勾留日数中一、一〇〇日を右の刑に算入する。

押収してある改造建設用びよう打銃(手製装薬銃)一丁(当庁昭和五〇年押第五四〇号の一)、空包五発(同押号の三)、空薬きよう一個(同押号の四)、黒皮製けん銃ホルダー一個(同押号の五)、ハンマー一丁(同押号の六)、くり小刀一丁(同押号の七)および建設用びよう一本(同押号の九)を没収する。

理由

<前略>

一検察官の控訴趣意第一(原判示第一の事実につき事実誤認の主張)について、

所論は要するに、原判決は、原判示第一の事実について、被告人の所為につき、田中静夫巡査及び河野信三に対する殺意を否定し、強盗傷人罪が成立するにとどまると認定した点において判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

そこで、この点の判断に先立つて、被告人の本件犯行の動機及び罪となるべき事実第一として、原判決の認定するところを挙示すれば、おおむね、以下のとおりである。すなわち、被告人は、武力革命による共産主義社会の実現を意図し、そのためには、警察官からけん銃を奪取し、これを用いていわゆるゲリラ斗争を展開することが最も適切な方法であると確信し、いまや、このような革命実現の方法が現実的となつていることを自ら率先垂範することによつて、他に自己の革命思想の正当性を訴え、武器奪取等の行動に出る共鳴者多数が出現することを期待して、警ら中の警察官からけん銃を奪取することを企て、昭和四七年二月一五日午後六時二五分ころ、新宿警察署前付近で、同署勤務の警察庁巡査田中静夫(当時二七才)が制服にけん銃を装着して警ら中であるのを認め、同巡査からけん銃を強取しようと決意し、国鉄新宿駅西口方向に向かう同巡査に約四〇〇メートル追尾して、同日午後六時三五分ころ、たまたま周囲に人影が見えない状態になつたとみるや、建設用びよう一本を装てんして携帯していた手製装薬銃を左手に構え、右手にハンマーを持つて、同巡査の背後約一メートルに接近し、歩行しながら、同巡査の右肩部付近をねらい、右ハンマーで右銃の撃針部をたたいて、びようを発射し、(このようにしなければ右銃は発射できないこと後述のとおり)同巡査の右側胸部を貫通させ、さらに、たまたま約三〇メートル右前方を歩行中の銀行員河野信三(当時二三才)の背部から上腹部右側をも貫通させ、よつて、右両名に原判示の各傷害を負わせたが、被告人は田中巡査に命中しなかつたと思い込み、同巡査から射殺又は逮捕されるのを恐れて逃走したため、けん銃強取の目的を遂げなかつたとしている。そして、田中巡査に対する殺意の有無については、被告人は、本件の現行犯として逮捕された三日後に早くも犯行の概要について自白したが、その際、警察官を殺害することなく、その右腕を制圧してけん銃を奪取するためには、右肩をねらつて撃つのがよいと考えて、その右肩をねらつて撃つた旨すでに供述していること、原審においても、右肩をねらつたのは、田中巡査のけん銃携帯状況から同人が右ききであると判断したためであると同趣旨の供述を繰返していること、同巡査の背後約一メートルの至近距離まで接近して発射したのは、その右肩に確実に命中させようとしたためであること、被告人はあらかじめ本件銃の発射訓練をし、確実に右肩付近を撃てるものと思つていたこと、右肩付近上体の一部ではあつても、必ずしも身体の枢要部とは観念されないこと、もし、殺意があつたならば、頭部や心臓部をねらつて撃つたであろうと供述していることなどの諸点をあわせ考慮したうえで、被告人の田中巡査に対する確定的殺意ないし未必的殺意を認めるには、なお合理的疑いをさしはさむ余地があるとして、殺意の存在を否定して、傷害の犯意を認定しているのである。また、河野に対する関係においても、当時の通行者の少ない状況及び被告人は付近に通行人がいない状況が生じたと考えたからこそ、けん銃強取が成功するものと考え、本件犯行を敢行したものであるから、同人に対し未必的殺意を含め暴行の未必的故意もなく、過失傷害が成立するにすぎないと認定している。

よつて検討するのに、原判決挙示の各証拠を総合し、当審における被告人の供述をも参酌すれば、次の点が認められる。

(一)  田中巡査に対する殺意の点について

被告人が田中巡査に対し本件装薬銃を発射した目的・意図は、原判決が認定するとおりであるが、本件手製装薬銃は、本来、コンクリート壁面に密着させて、びようを打込むのに使用する建設用びよう打銃を改造したもので、びようを空間に飛行させて目的物に命中させるための構造、性能を有していない。したがつて、照準装置はなく、その発射方法は、長さ約15.1センチメートルの銃身部分(銃身部分約13.1センチメートルにこうかん((槓杆))約4.0センチメートル、銃身の最大径約4.2センチメートル)に、建設用びよう一本(長さ約八センチメートル、軸径約6.4ミリメートル、ネジ付、ネジの径約9.0ミリメートルのもの)及び薬きよう(長さ約2.0センチメートル、径約9.7ミリメートル)を装てんし、これに撃針部分を差込んで、片手でその銃身部分の薬室付近を持ち、おおよその感じでねらいを定め、片手に持つたハンマーで撃針後部を後方からたたき発射させるものであるから、その発射方法自体不安定であり、その命中精度は極めて悪いことが推認される。また、薬きようの火薬は、通常のけん銃の薬きようのそれより多量であるうえ、発射弾であるびようは径九ミリメートルもあつて、極めて強力な物体貫通力及び破壊力を有するものであり、被告人も当審においても本件銃の発射実験の状況につき供述している点から見ても、これらのことは十分認識していたと認められる。しかも、検察官も主張するごとく、現に本件において、被告人が田中巡査の後方至近距離から発射したびようは、同巡査の右背部に近い右側胸部から前胸部に貫通し、肋間筋をズタズタに切つて加療約五週間を要する傷害を同巡査に与えたうえ、間巡査の約三〇メートル右前方を歩行中の河野に命中して肝臓、腎臓等を損傷して腹部を貫通し、同人に入院加療約二ケ月を要する傷害を与えているほど強力なものなのである。そして、右犯行当時、被告人は、前記目的実行のため前記のびよう及び薬きようを装てんした本件装薬銃を、背広下にけん銃ホルダー(当庁昭和五〇年押第五四〇号の五)で吊し、撃針部及びハンマー(同押号の六)並びに建設用びよう五本、薬きよう五発(押号の三)、くり小刀一丁(同押号の七)を衣服内にかくし持つて、前記のごとく、田中巡査に追尾歩行して、発射の機会をうかがつていたわけであるが、本件装薬銃を発射する際の姿勢につき、被告人は、原審において、田中巡査の背後約一メートルに近づき、歩行しながら銃を左手に逆手に持つて前に出し、その銃口を田中巡査との距離約五〇センチメートル位に保ち、同巡査の右肩をねらい発射させたと供述していたが、当審においては、同巡査の背後から、その肩口に銃口を密着さして撃てば、ねらつた箇所に命中するが、同巡査に気付かれるおそれがあるので、銃口を肩口から少し離し、右足を後方に引き左足を前に出し、体全体に力を入れて固定させ、左手を田中巡査の右肩口と同じ高さに前に出して銃身部の薬室を把持し、右手も同一の高さにし同巡査の右肩口付近をねらつて発射したので、同巡査と銃口との距離は少し離れ一メートル位になつた旨を供述している。そうすると、田中巡査は、普通の速度で歩行していた(原審証人としての供述)のであるから、被告人が、同巡査の背後に密着する程度に接近して停止し、右のような射撃姿勢となり、銃を構え、右手に持つたハンマーで撃針後部を打撃し発射させるまで、同巡査との距離は、経験則上、原審が認定している約一メートルの距離以上に離れていたことは明らかである。しかも、田中巡査は歩行しているのであるから、その上体は左右・上下に動揺していることは当然であつて、このような状況のもとでは、正確にねらいをつけることはなかなか困難である。また、前述のごとく発射されたびようは、田中巡査の右肩より相当下部の右側胸部から前胸部やや下方(いわゆる脇腹)をかすめるように貫通し、ついで約三〇メートル右前方を歩行中の河野信三の背部から上腹部右側に貫通していることから推認すると、びようは、田中巡査の右受傷部と同じ高さから、ほとんど水平に発射されたと認められるのである。このような結果からすると、被告人は、銃を田中巡査に向け、ただ漫然と発射したものに過ぎないように見えるのであつて、特に同巡査の右肩をねらつて発射したものではないといつても過言ではない。

以上、被告人の本件犯行の目的・意図・本件装薬銃の形状、命中性能の劣悪、物体貫通力・破壊力の強大、銃の射撃姿勢、射撃方法の不安定性、射撃距離及び被告人のねらつたとする田中巡査の身体部位と現実にびようが命中した部位との対比並びに被告人が当審において、銃の命中性能について特に実験したことはない旨供述していることなどの諸条件をあわせ考慮すると、被告人は、本件装薬銃から発射したびようが必ずしも田中巡査の身体のねらつた部位に確実に命中するとの自信を有していたとはいえないうえに、ねらつた部位(同巡査の右肩)に適確に照準を定めることもなく発射したものであり、したがつて、被告人の弁解にもかかわらず、発射されたびようがねらつた田中巡査の身体部位を外れて他の身体の枢要部に命中して同巡査を死亡させる可能性のあることを被告人も十分認識し、あえてこれを認容して、本件装薬銃を発射したものと認めざるをえないのである。したがつて、被告人は田中巡査に対し、本件銃を発射するに際し、確定的な殺意はともかく、少なくとも未必的殺意は有していたとすることに何らの不合理も見出しえない。はたしてしからば、原判決が、田中巡査に対し未必的殺意をも否定した点は事実を誤認したものというべきであるから、この点に関する検察官の論旨は理由がある。

(二)  次に河野信三に対する殺意について

この点については、被告人が河野ら通行人に対し、未必的殺意を含め、何らかの危害が及ぶかも知れないことの認識及び認容を欠き、過失は認められるものの、暴行の未必的故意もなかつたとする原判決の認定は十分肯認することができるのであつて、原判決が、河野に対する殺意の点についての判断の項(強盗殺人未遂の各訴因につき殺意を認定しなかつた理由)(二)において、くわしく説示するところは、そのまま正当として是認することができる。なお、付言するに、被告人の原審における供述及び司法警察員作成の昭和47.3.6付実況見分調書によれば、被告人は、本件犯行を敢行するに当り、犯行時、付近に通行人等がいるときは、けん銃強取が成功しないと考えていたものであつて、本件犯行直前にも、田中巡査を追尾中、歩道橋上で、まさに同巡査に対する強盗の実行行為に出ようとしたが、あいにく通行人の姿を認めたので同所での犯行は思いとどまつたことがうかがわれる点からしても、被告人が本件現場付近で周囲を見廻したところ、通行人が一時途絶え道路に人影を見ない状態となつたと認めたからこそ本件銃を発射するに至つたもので、発射時、周囲に通行人らが存在するとの認識があつたなら銃を発射しなかつたはずであり、かつ、被告人の前記犯行の目的・企図及び政治理念から、その攻撃目標はあくまで武器を携帯する警察官にあるのであつて、その巻添えとして民間人を死傷させるがごときは、おおよそ念頭になかつたものであることは、被告人の司法警察員に対する供述調書及び原審における供述により認めうる。したがつて、被告人としては、右発射の時点においては、発射されたびようが付近通行人らに対し何らかの危害を及ぼすかも知れないとの認識および認容を欠いていたというべきで、これらの者に対し未必的殺意はもちろん暴行の未必的故意も認め得ないのである。ただ、原審も説示するごとく、前記通行人の状況からみて、一時途絶えたとはいえ、直ぐまた通行人がその前方等に現われることがありうることは当然予測し得るところであり、これらの者に危害が及ぶであろうことを予見することが客観的に十分可能であつたのに、被告人は不注意にも発射時これら通行人の出現はないものと速断して漫然銃を発射した点において過失が認められるにすぎないのである。よつて、この点に関する検察官の論旨は理由がない。

二弁護人の控訴趣意第一(法令の解釈適用の誤り)の主張について

(一)  まず、所論は、原判決が被告人の河野に対する傷害は、前記のごとく過失によるものと認定しながら、同過失傷害は、田中巡査に対する強盗傷人の機会に発生したものであるから、強盗傷人罪に該当するとした点に、刑法二四〇条立法趣旨を逸脱して同法案を適用した違法があるとするのである。そして、その理由として、そもそも、刑法二四〇条は、強盗が、その行為の直接の相手方に対し、強取の手段として、あるいは必ずしも強取の手段ではないが、あえて傷害を与えるような危険な暴行に出て、死傷の結果を生ぜしめた場合にのみ適用さるべきものであつて、本件のように、直接の相手方でない者に過失により死傷の結果を発生させた場合にまで適用することは不当であるというのである。

しかし、刑法二四〇条の法意が強盗の機会に致死致傷などの残虐な行為が伴い易い事実にかんがみ、これに重罰をもつて臨むこととしている点にあることを考慮すると、原判決の説示するごとく、強盗行為の直接の相手方に対する殺傷の結果に限らず、その際、犯行の手段、態様等を含めた犯行の具体的状況の下において、強盗の手段である暴行、脅迫行為から直接付随して発生した相手方以外の第三者に対する死傷の結果についても、それが、強盗を犯すに際して誘発されることの通常予想されるような致死傷である場合においては、その結果発生につき死傷の認識、認容がなくても、過失致死傷が認められる限り、強盗の機会における死傷として本条の適用があるものと解するのである。けだし、このように解しないと、刑法二三八条の事後強盗が人を殺傷した場合にも、同法二四〇条の適用があるのに、本来の強盗犯人が逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために相手方以外の人を殺傷した場合すら同法条から除外されてしまうことになるのであつて、準強盗との権衡からしても不当な結果となるからである。

これを本件について見るのに、原審も認定したように、被告人は、強力な物体貫通力と殺傷力を有する装薬銃を用いて、公道において強盗行為に及んだものであり、犯行付近は、国鉄新宿駅西口近くの映画館、飲食店等商店が軒を並べている我が国でも有数の繁華街であつて、公道上に通行人が存在することは通常の状況であるから、右のような強力を装薬銃を強盗の相手方に対し反抗抑圧の手段として発射することにより、通行人を巻添えにし、これらに対し致死傷の結果を生じさせることはしばしばありうることであつて、通行人に対する致死傷の結果は、通常予想されるところといわなければならない。本件の場合、被告人が田中巡査の反抗を抑圧する手段として、装薬銃から発射されたびようは、田中巡査の身体を貫通し、通行人である河野の身体をも貫通して傷害の結果を生じたもので、かかる結果につき、被告人には河野に対し暴行の故意はなくとも、過失があつたことは前記認定のとおりであるから、強盗の機会において発生した過失による傷害として、刑法二四〇条による処罰の対象に含まれると解するのである。(しかして、当裁判所においては、前述のごとく、原審とは異なつて、田中巡査に対して、殺害の未必的故意を認め、強盗殺人未遂罪が成立するとしているのであるから、河野に対する傷害の結果についても強盗殺人未遂罪が成立するものというべきである。)

(二)  次に、所論は、被告人の河野に対する傷害の結果について、それは、予期せぬ過剰結果とも称すべきものであつて、いわゆる方法の錯誤をもつて論ずべき場合ではないのに、原判決は、方法の錯誤を理由として決定的符合説により、被告人が暴行の故意を有していたと擬制して処罰したのは、刑法三八条の解釈を誤つたものであるというのである。しかし、被告人の河野に対する傷害は、弁護人の主張するように、被告人にとつては、全く予期せぬ結果であつたとしても、前認定のごとく、結果の発生につき被告人の過失を認めうるのであつて、客観的には、充分予見可能な通常予想しうる事故であることからしても、錯誤の問題を論ずることに何ら支障はなく、しかも、この点に関する原判決の判断は正当であつて、同法三八条の解釈を誤つたものとは認められない(大審院昭和八年八月三〇日判決、刑集一二巻一、四四五頁参照)。したがつて、原判決に所論のような法律の解釈適用を誤つた違法はない。

したがつて、弁護人の所論はすべて理由がない。

なお、被告人は、当審になつて、途中から、従来の供述を変更して、自分自身としては、本件において、もともと警察官のけん銃を奪取しようとする強盗の犯意はなかつたものであると供述し、原審でこのことを主張しなかつたのは、弁護人が反対したからであると供述するが、原判決挙示の各証拠、とりわけ、原審における被告人の本件犯行の動機、目的に関する供述に照らせば、右主張は到底採用しえないものであることは明らかである。

三結論

以上のような次第で、原判決には、被告人が田中巡査携帯のけん銃強取のため、同巡査に対し、本件装薬銃を発射した故意につき、未必的殺意を認めた点について事実の誤認があり、原判示第一の各事実について破棄を免れないところ、これと原判示第二の各罪とは刑法四五条前段の併合罪として、一個の刑を科しているのであるから、原判決は全部破棄を免れない。そこで、検察官の控訴趣意第二及び弁護人の控訴趣意第二(いずれも量刑不当の主張)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当裁判所において、直ちに次のとおり判決する。(なお、被告人の本件控訴は、理由がないが、本件は検察官の控訴を理由があるとして原判決を破棄すべき場合であるから、主文において控訴棄却を言い渡さない。)

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四七年二月一五日午後六時二五分ころ、東京都新宿区西新宿六丁目一番一号警視庁新宿警察署北東角交差点付近において、同署勤務警視庁巡査田中静夫(当時二七才)が、制服姿でけん銃を携帯して警ら中であるのを認め、同人から右けん銃を強取しようと決意し、国鉄新宿駅西口方向に向かう同巡査に、その約一〇メートルないし五メートル後方から、約四〇〇メートルの距離にわたり追従して、同日午後六時三五分ころ、同区西新宿一丁目四番七号先付近歩道上に至つた際、たまたま周囲に人影が見えない状態になつたとみるや、同巡査を殺害するかも知れないことを認識しながら、あえてこれを認容し、建設用びよう一本を装てんして携帯していた建設用びよう打銃の銃身部分を改造した手製装薬銃一丁を左手に構え、ハンマー一丁を右手に持つて、同巡査の背後約一メートルに接近し、同巡査の右肩部付近をねらい、前記ハンマーで右手製装薬銃の撃針後部をたたいて、前記びよう一本を発射し、同巡査の反抗を抑圧したうえ、けん銃一丁を強取しようとしたが、右びようをして、同巡査の右側胸部を貫通させたものの、同巡査の反抗を抑圧するに至らず、これを見た被告人が射殺又は逮捕されるのを恐れて逃走したため、右強取の目的を遂げなかつたが、その際、右暴行により、同巡査に対し加療約五週間を要する右側胸部貫通銃創の傷害を負わせたにとどまり、さらに、右のびようが同巡査の身体を貫通した後、たまたま同巡査の約三〇メートル右前方の道路歩道上を通行していた河野信三の背部にも、これを命中させて、同人の腹部を貫通させ、よつて、同人に対しても、入院加療約二か月間を要する右腎臓の摘出および肝臓損傷を伴う腹部貫通銃創の傷害を負わせ、もつて、それぞれ強盗の機会において人を傷害したものの、殺害するには至らず、

第二、原判示第二の各事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、田中静夫および河野信三に対する各強盗殺人未遂の点は、それぞれ刑法二四〇条後段、二四三条、判示第二の所為中(一)の点は、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一号、三条一項に、同(三)の点は同法三二条二号、二二条に、同(二)の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に各該当するところ、判示第一は一個の行為で二個の罪名に、判示第二は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、それぞれにつき刑法五四条一項前段、一〇条により一罪とし、判示第一については犯情が重いと認める判示田中静夫に対する罪の刑、判示第二については最も重い同(一)の銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑により、各処断することとし、判示第一の罪につき所定刑中無期懲役刑を、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を各選択し、判示第一の罪は未遂であるから刑法四三条前段、六八条二号により法律上の減軽をしたうえ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で、後記の情状を参酌し、被告人を主文の刑に処し、同法二一条により主文のとおり原審における未決勾留日数を右の刑に算入し、押収してある(1)改造建設用びよう打銃(手製装薬銃)一丁、空薬きよう一個、ハンマー一丁および建設用びよう一本はいずれも判示第一の犯行の用に供したもの、黒皮製けん銃ホルダー一個は判示第二(一)の犯行の用に供したもの、(2)空包五発は判示第二(二)の犯罪行為を組成したもの、くり小刀一丁は判示第二(三)の犯罪行為を組成したもので、以上はいずれも被告人以外の者に属しないから、(1)の各押収物については同法一九条一項二号、二項により、(3)の各押収物については同条一項一号、二項により、いずれもこれを没収することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととする。

(量刑の事由)

本件犯行は、強力な殺傷能力を有する兇器を携帯し、これを用いて警察官からけん銃を強奪しようとしたものであり、当初から殺害することをも予想してなされた計画的かつ危険性極めて高い犯行であるばかりでなく、現実にも善良な民間人である河野信三をも巻添えにして重傷を負わせ、同人は、いまだに後遺症に悩まされている状態であるばかりでなく、遺憾なことにこれら被害者に対し、被害弁償等慰藉の方法が全く講じられていない。しかも、本件は被告人が抱懐する政治的思想に基づき、その実現を指向するゲリラ斗争の展開のため武装警官からけん銃を強取することにより、思想を同じくする者への起爆剤とし、暴力により民主主義法秩序を破壊しようとしたもので、犯情まことに悪質というほかはない。

しかし、一方、被告人の警察官に対する攻撃は、けん銃奪取のため、あくまでもその右肩付近をねらつたもので、未必的殺意というも、その故意の程度は強いものではなかつたこと、けん銃奪取の点は幸い未遂に終り、それとともに被告人の意図した目的も実現の模様は見られなかつたこと、犯行が失敗に帰したと知るやそれ以上の行為に出なかつたこと、河野信三に対する強盗殺人未遂の点は、被告人が全く認識していなかつたものであること、田中巡査の傷害は幸い比較的軽かつたこと、被害者両名に対し一応は遺憾の念を表していること、これまで業務上過失傷害により罰金刑に処せられたほか犯歴がないこと、その他家庭の事情など被告人のために酌むべき諸般の情状を斟酌したうえ、被告人を主文の刑に処することとした。

(草野隆一 大前邦道 油田弘佑)

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